沖縄県久高島 聖なる島とカベール岬 パワースポットへ友人と旅してきた時の話

 

沖縄県久高島という所は、沖縄に住んでいながらまったく知らない、というか興味のない島でした。当時うるま市に住んでいた頃の話です。本土の友人が私が沖縄に住んでいるという情報を聞きつけ、メールをもらいました。「近々、沖縄に行くのだが、寄らせてほしい」と。その1か月後に彼は沖縄に来ました。彼は沖縄に来る1年前に奥さんを亡くされていたのです。それも突然。予告なしの死でした。

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台所で料理をしていて突然倒れ亡くなったのです。奥さんも友人だったので、かなりショックでした。40代後半だったと思うが、彼女を知る私は、友人にかける言葉も見つからなかった。彼女の妹さんがいて、有美さんは20代の頃、私は知り合っていて、彼女とは、1年くらい文通をしていた。引っ越しを機に彼女との文通が途切れてしまった。私はなんとも思わなかった。

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その半年後、彼女は自分でガソリンをかぶり焼死した。姉のもっちゃんは、もちろん家族も衝撃的ショックだった。友人はシューちゃんともっちゃんはその当時から結婚していた。しかし子供に恵まれずにいた。もっちゃんの両親は、本当に絵にかいたような模範的な真面目な夫婦で、美男美女と言う印象だった。有美さんの葬儀の時、場違いな私に向かい、親族の一人に文通の事、「もっと付き合ってくれていればこんなことにはならなかっただろう」と責められた。若気のいたりだった。

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そんなわけで、友人のしゅーちゃんが沖縄に来た理由は、かつて奥さんのもっちゃんと訪れた場所、久高島に行くという目的があった。なぜ?この久高島に訪れたのか?ここは沖縄の中でもユタが多く住んでいる島。聖地と言われているからだ。ユタとは、沖縄の霊媒師だが、現在も存在している。彼女たちは、生活全般から、沖縄文化の祭祀を個別に行い、冠婚葬祭を司る役名を担っている。生きた神社、生きた神様とも言える。沖縄は祖霊文化で、祖先を敬い、祖先とともに生きる土壌があり、沖縄の墓地は広く作られており、1年の中で何度も祖先の眠る墓地で飲み食いの宴会をする。そういう文化があるのだ。久高島自体が神聖であるばかりではなく、住人もユタが多い島なのだ。そしてユタは女性なので、島の男たちは主従が逆転している。それが久高島という神の島と言われる由縁でなのだ。

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友人と久高島行きの船に乗り、1時間もしないうちに久高島に到着した。到着した港には、店がなく地図を頼りにとりあえず、予約したホテル?に向かった。途中の旅館に立ち寄った。「ここでもっちゃんと泊ったんだよね」と言った、今は旅館を辞めて廃墟となっていた。風情のある旅館だった。友人は写真をいろいろ撮っていた。「もっちゃんとこうして、ここに立って撮ったんだよね・・・」ホテルに向かい歩いた。到着すると日が暮れていた。腹が減っていたのでなにか食べようとしたが、このホテルは自炊だという。

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だから、島の中央にあるお店になんか買いに行こうと2人で夜の島を歩いた。街灯もなく真っ暗な道を歩いた。近況を話しながらブラブラ歩いた。何度が迷いながらたどり着いた。昔の駄菓子屋という感じのお店で、ここで売れ残ったパンとインスタントラーメンを買い、ホテルに戻った。部屋に入ると、隣から家族らしいが、子供がやたらうるさかった。なんで部屋が空いているのに、隣同士なんだよ?と思っていた。家族は気を使い離れた部屋に引っ越した。テレビもないこの部屋で何もやることがない。買って来た酒を飲んで、話をして寝たのだ。というたいしたことない日だった。ごめんなさい・・・なんかあると思った人に申し訳ない。

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次の日、ホテルを出てカベール岬を目指した。このカベール岬こそ友人がこの島に来た目的なのだ。カベール岬までは1本道で歩けないことはないが、歩いているのは、私と友人くらいだった。幸い天気に恵まれてサンダルで荷物を背負い歩いた。道の両側には、カジュマルという沖縄、熱帯地方にしか見られない奇妙な木があった。この木には、精霊が宿ると言われている。この木の奥には、ユタしか入れない聖地と斎場があり、もし立ち入れば、命の保証はないという。自分たちを追い越していく自転車があった。歩くのは結構しんどかった。そして到着した。

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ここで久高島のユタは岬から精霊と対話するらしい。ここが一番のパワースポットなのだ。そして、友人ともっちゃんが昔訪れた場所なのだ。相変わらず写真を撮りまくっている。見た目には、なんのへんてつもないだが、ここに神が降臨するという伝説がある。友人ともっちゃんは、パワースポットが好きな一面があったのだ。友人は岬を一望して、たぶんもう二度と来ることのない、カベール岬に別れを告げた。

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そうか言い忘れて今思い出したが、もっちゃんは美術家だったのだ。彼女の作った顔のオブジェは胸に抱えるほど大きかった。その顔=もっちゃんを持ってきて、あちこち写真を撮っていたのだ。当然岬にも持ってきたわけで、それが奥さんのもっちゃんの形見だった。だから久高島に来たのは、友人と亡きもっちゃんであり、私の3人だった。友人のもっちゃんに対する想い、ここにくればもっちゃんに逢えるかも?というおぼろげなスピリチュアル的な期待があったのだろう。果たして彼はもっちゃんに逢えてのだろうか?